大衆運動はなぜ失敗するのか? by クリス・ヘッジス

by Chris Hedges

ワシントンDC – (Scheerpost) – 2010年から2020年の世界的パンデミックまでの10年間、民衆蜂起が続いた。これらの反乱は世界秩序の基盤を揺るがした。彼らは企業支配や緊縮財政を糾弾し、経済正義と市民権を要求した。アメリカでは、59日間のオキュパイ運動の野営を中心に全国的な抗議行動が起こった。ギリシャ、スペイン、チュニジア、エジプト、バーレーン、イエメン、シリア、リビア、トルコ、ブラジル、ウクライナ、香港、チリ、そして韓国のキャンドル革命でも民衆が蜂起した。ギリシャ、スペイン、ウクライナ、韓国、エジプト、チリ、チュニジアでは、不信任の政治家が失脚した。改革、あるいは少なくともその約束が、世論を支配した。それは新しい時代の到来を告げるかのようだった。

その後、反動が起きた。大衆運動の願望は打ち砕かれた。国家の統制と社会的不平等が拡大した。大きな変化はなかった。ほとんどの場合、事態は悪化した。極右が勝利を収めた。

何が起こったのか?民主主義の開放、国家による抑圧の終焉、グローバル企業や金融機関の支配の弱体化、そして自由の時代の到来を告げるかのように思われた10年間の大規模な抗議行動は、なぜ無念の失敗に終わったのだろうか?何が間違っていたのか?憎き銀行家や政治家たちはどのようにして支配力を維持し、あるいは回復したのか?企業の支配から脱却するための有効な手段は何か?

ヴィンセント・ベヴィンスの新著『If We Burn: The Mass Protest Decade and the Missing Revolution』(『もし私たちが燃えたなら:大衆抗議の10年と消えた革命』)は、私たちがいかにいくつかの面で失敗したかを年代記のように綴っている。

新しいデジタルメディアは革命的で民主化する力であると説いた “テクノ・オプティミスト “たちは、権威主義的な政府、企業、国内治安機関がこうしたデジタルプラットフォームを利用し、大規模な監視、検閲、プロパガンダや偽情報の手段に変えてしまうことを予見していなかった。民衆の抗議を可能にしたソーシャルメディア・プラットフォームは、私たちに敵対するものとなった。

多くの大衆運動は、階層的で規律ある首尾一貫した組織構造を導入できなかったため、自らを守ることができなかった。ギリシャやホンジュラスのように、組織化された運動が権力を獲得した数少ないケースでは、国際金融業者や企業が共謀して冷酷に権力を奪い返した。ほとんどの場合、支配階級はこれらの抗議運動によって生じた権力の空白を速やかに埋めた。彼らは、古いシステムを再梱包するために新しいブランドを提供した。2008年のオバマ陣営が『アドバタイジング・エイジ』誌の「マーケター・オブ・ザ・イヤー」に選ばれたのはこのためだ。全米広告主協会の年次総会に集まった数百人のマーケター、エージェンシー責任者、マーケティング・サービス・ベンダーの投票に勝利したのだ。次点のアップルやザッポス・ドットコムを抑えてだ。プロたちは知っていた。ブランド・オバマはマーケターの夢だったのだ。

抗議行動は、持続的、組織的、長期的な権力破壊に関与するのではなく、人々が公共スペースに押し寄せ、メディアの見世物を作り上げるフラッシュモブに似ていることがあまりに多かった。ギー・ドゥボールは著書『Society of the Spectacle(スペクタクルの社会)』の中で、スペクタクルの時代とは、そのイメージに魅了された人々が “その法則に型にはめられる “ことを意味すると指摘し、このようなスペクタクル/デモの無益さを捉えている。アナーキストや反ファシスト、たとえばブラック・ブロックの人々は、しばしば窓ガラスを割ったり、警察に石を投げつけたり、車をひっくり返したり燃やしたりした。無差別な暴力行為、略奪、破壊行為は、運動の専門用語では、”暴動 “や “自然発生的な反乱 “の構成要素として正当化された。この “暴動ポルノ “はメディアを喜ばせ、暴動に参加した多くの人々を喜ばせ、そして偶然にも、支配階級はさらなる弾圧を正当化し、抗議運動を悪者扱いするためにこれを利用した。政治理論が欠如していたため、活動家たちは映画『Vフォー・ヴェンデッタ』のような大衆文化を参考にするようになった。草の根の教育キャンペーンやストライキ、ボイコットといった、はるかに効果的で破壊的な手段は、しばしば無視されたり、傍観されたりした。

カール・マルクスが理解したように、「彼らは、自分で自分を代表できず、だれかに代表してもらわなければならない」(ルイ・ボナパルトのブリュメール18日)。

本書は、世界的な大衆運動の台頭、大衆運動が犯した自滅的な過ち、企業や支配エリートが権力を維持し、不満を抱く人々の願望を打ち砕くために用いた戦略、そして大衆運動が反撃を成功させるために採用しなければならない戦術の探求を、見事なレポートによって解き明かしている。

「大規模な抗議活動の10年間で、街頭での爆発は革命的な状況を生み出した。「しかし、抗議運動は革命的状況を利用する能力が非常に乏しく、この種の抗議運動は特にそれが苦手である。

ベビンズがインタビューしたベテランの活動家たちは、この指摘を支持している。

エジプトの人権運動家であるホッサム・バガットは、この本の中でベヴィンにこう語っている。「組織的な運動を起こしなさい。そして、代表を恐れないでください。代表はエリート主義だと思っていましたが、実は民主主義の本質なのです」。

ウクライナの左翼アルテム・ティドヴァも同意する。

「昔はもっとアナーキストだった。当時は誰もが集会をやりたがっていた。抗議デモがあるときはいつも集会だった。しかし、組織化された労働党のない革命は、すでに非常によく組織化されている経済エリートにより大きな権力を与えるだけだと思う」。
もし私たちが燃えたなら:大衆抗議の10年と消えた革命…
「もし私たちが燃えたなら:大衆抗議の10年と消えた革命」は、世界的大衆運動の台頭を見事に分析し、見事に報道している。- クリス・ヘッジス

歴史家のクレイン・ブリントンは著書『革命の解剖学』の中で、革命には明確な前提条件があると書いている。ブリントンは、ほぼすべての社会階層に影響を及ぼす不満、閉塞感と絶望の蔓延、満たされない期待、極小の権力エリートに対抗する統一された連帯、支配階級の行動を擁護し続ける学者や思想家の拒否、市民の基本的なニーズに応えることができない政府、権力エリート自身の内部での着実な意志の喪失と側近からの離反、権力エリートがいかなる同盟者も外部からの支援も得られなくなる不自由な孤立、そして最後に金融危機を挙げている。革命は常に、政府が応じれば古い権力構造の終焉を意味するような不可能な要求をすることから始まる、と彼は書いている。しかし、最も重要なことは、専制的な政権は常に最初に内部崩壊するということだ。警察、治安サービス、司法、メディア、政府官僚といった支配組織の一部が、デモ隊を攻撃、逮捕、投獄、射殺することをやめ、命令に従わなくなれば、古い、信用を失った政権は麻痺し、末期的なものになる。

しかし、10年にわたる抗議行動の間、こうした内部統制の形が揺らぐことはほとんどなかった。エジプトのように、旧体制の頭目たちに牙を剥くこともあったが、大衆運動やポピュリストの指導者たちを弱体化させることもあった。グローバル企業やオリガルヒから権力を奪おうとする努力を妨害した。ポピュリストの政権奪取を阻止したり、排除したりした。例えば、2017年と2019年の英国総選挙で労働党の党首を務めたジェレミー・コービンとその支持者たちに対して行われた悪質なキャンペーンは、彼の党内のメンバー企業保守的な野党、有名人のコメンテーター、中傷や人格攻撃増幅させた主流派の報道機関英国軍のメンバー、そして国の安全保障サービスによって組織されたものだった。英国の秘密情報機関MI6の元トップ、リチャード・ディアラブ卿は、労働党党首は「わが国にとって現在進行形の危険人物」だと公に警告した

ギリシャの左翼シリザ政権が証明したように、規律ある政治組織はそれだけでは十分ではない。反体制政党の指導者が既存の権力構造から脱却しようとしなければ、彼らの要求が権力中枢に拒否されたときに、彼らは共倒れになるか、潰されてしまうだろう。

2015年、「シリザの指導部は、新たな救済策を拒否すれば、欧州の金融機関は全般的な金融不安と政治不安に直面して腰砕けになると確信していた」と、シリザの元議員でロンドン大学東洋アフリカ研究学院の経済学教授であるコスタス・ラパヴィツァスは2016年に観察している

「良識ある批評家たちは、ユーロには緊縮財政を放棄し、債務を帳消しにするという要求を拒否するだけの、独自の内部論理を持つ硬直した制度があることを繰り返し指摘していた。「さらに、欧州中央銀行はギリシャの銀行への流動性供給を制限する用意があり、経済を、そしてシリザ政権を萎縮させた。

まさにそれが起こったのだ。

「政府が手元流動性を吸い上げ、銀行は干上がり、経済はかろうじて上向いた。「シリザは、公約を実現できなかっただけでなく、野党のプログラムを全面的に採用した左派政権の最初の例である。

トロイカ(欧州中央銀行、欧州委員会、IMF)からいかなる妥協も得られなかったシリザは、「財政黒字の過酷な政策を採用し、増税を行い、ギリシャの銀行を投機ファンドに売却し、空港や港湾を民営化し、年金を削減しようとしている。新たな救済措置によって、不況に陥ったギリシャは長期的な衰退を余儀なくされ、成長の見込みは乏しく、教育を受けた若者は移住し、国家債務は重くのしかかっている。

「シリザが失敗したのは、緊縮財政が無敵だからでもなく、急進的な変革が不可能だからでもない。「ヨーロッパにおける急進的な変化と緊縮財政の放棄には、通貨統合そのものとの直接対決が必要だ」。

イラン系アメリカ人の社会学者であるアセフ・バヤットは、1979年のイラン革命と2011年のエジプト蜂起の両方を経験しており、2010年に勃発した「アラブの春」の蜂起について、主観的条件と客観的条件を区別している。デモ参加者は新自由主義的な政策に反対していたかもしれないが、新自由主義的な “主観 “によっても形成されていたと彼は主張する。

「アラブ革命には、他の20世紀の革命に見られるような政治的、経済的な急進主義が欠けていた」バヤットは著書『革命家なき革命:アラブの春』の中でこう書いている。「強力な社会主義、反帝国主義、反資本主義、社会正義の衝動を信奉した1970年代の革命とは異なり、アラブの革命家たちは人権、政治的説明責任、法改正といった広範な問題に夢中になっていた。世俗主義者であれイスラム主義者であれ、一般的な声は、自由市場、財産関係、新自由主義的合理性を当然視し、社会正義と分配に対する大衆の真の懸念にはリップサービスしか払わない無批判な世界観であった」。

ベビンズが書いているように、”あらゆるものをあたかも事業であるかのように見るように育てられた世代は、非正規化され、この世界秩序を “自然なもの “と見るようになり、真の革命を遂行するために何が必要なのかを想像することができなくなった”。

アップルのCEOであったスティーブ・ジョブズは、2011年10月、ズコッティ公園でのオキュパイ野営中に亡くなった。呆れたことに、野営の参加者の何人かは彼を偲んで追悼式典を行いたがっていた。

民衆蜂起は「社会構造に穴を開け、政治的空白を作るという非常に良い仕事をした」とベビンズは書いている。しかし、権力の空白は、エジプトでは軍によって速やかに埋められた。バーレーンではサウジアラビアと湾岸協力会議が、キエフでは「別のオリガルヒとよく組織化された過激派ナショナリスト」が、それぞれ権力の空白を埋めた。トルコでは最終的にレジェップ・タイイップ・エルドアンによって埋められた。香港では北京である。

「水平に構造化され、デジタルで調整され、指導者のいない大衆の抗議行動は、基本的に判読できない」とベビンズは書いている。「それを見つめ、問いかけ、証拠に基づいて首尾一貫した解釈を導き出すことはできない。何百万という事実を集めることはできる。ただ、それを使って権威ある読解を構築することはできない。つまり、これらの出来事の意味は、外部から押し付けられることになる。抗議デモが爆発した後に何が起こるかを理解するためには、権力の空白を埋めるために誰が控えているのかに注意を払うだけでなく、誰がそのような事態を招いたのかにも注意を払わなければならない。蜂起そのものを規定する権力を誰が持っているのかに注意を払わなければならない」。

要するに、私たちは組織化された権力と組織化された権力を戦わせなければならない。これは、ウラジーミル・レーニンのような革命的戦術家も理解していた真実である。最近の大衆運動では、指導者崇拝を防ぎ、すべての声が聞こえるようにするために、階層構造が欠如している。例えば、ズコッティ・パークが総会に数百人の参加者を集めた頃には、声や意見の拡散は麻痺を意味していた。

「革命理論なしには、革命運動もありえない」とレーニンは書いている(『なにをなすべきか?』)。

革命には、熟練した組織者、自己規律、代替的なイデオロギー的ビジョン、革命的芸術、教育が必要である。そして最も重要なのは、運動を代表するリーダーである。革命は長く困難なプロジェクトであり、何年もかけて、ゆっくりと、しばしば気づかないうちに権力の基盤を蝕んでいく。成功した過去の革命は、その理論家たちとともに、私たちの指針となるべきものであり、マスメディアから入ってくる刹那的なイメージではないはずだ。

クリス・ヘッジズはピューリッツァー賞を受賞したジャーナリストであり、ニューヨーク・タイムズ紙の海外特派員として15年間、中東支局長およびバルカン支局長を務めた。それ以前はダラス・モーニング・ニュース紙、クリスチャン・サイエンス・モニター紙、NPRなどで海外取材に従事。クリス・ヘッジス・レポートの司会者。

Why Our Popular Mass Movements Fail” by Chiris Hedges.

This article is reposted from Mint Press licensed under CC BY-NC-SA 3.0 Int.

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